皆に読んで欲しい大事なトコなので、分かりやすいタイトルに。過激でスミマセン。
さらにかなりのネタバレですので御了承下さい。
未だ、あの日にさかのぼる意欲が湧かないの・・・いい加減書けよな~って自分でも思う。
先日、ブラウン先生から電話がありました。
「解剖の詳しい結果が出ましたので。」
子供を解剖したのー?酷ー!って思うかな?
救急搬送されて24時間以内の死亡は解剖するんだそうです。拒否る両親もいると思いますが、私達はどうして郁弥がこんな事になったかが知りたかったので進んで受け入れました。
夕方、パパも仕事を早く切り上げ病院へ。
あーあ、こんな誘惑の時間帯に出かけるなんて。飲みに行くなら最高なのにな~。大事な話なんだけど・・・嫌~な気分が甦る。
「3,4ヶ月で終わるって言ってたのに、1年以上も経ってしまいスミマセンでした。」
久々のブラウン先生は、変わらぬ風貌で切り出しました。
「いえ、実は私達もスッカリ忘れていて。」
当初の解剖結果では真相は闇の中、結局郁弥が何で死んだかは分からないんだな~とゆー印象で終わり、その後の詳細な原因究明をする話は、とっくに記憶にありませんでした。
でも。
「いやー、ちゃんと調べて良かったですよ。」
救急搬送されたきっかけは、硬い痰が詰まった事による窒息でした。でもスグに蘇生し、あの程度の窒息で、翌日に心機能が停止するなんて。どんな薬を入れても、何をしても、手の施しようがなかった。普通なら考えられない。
ブラウン先生は不思議で仕方なかったようです。
あの日あの時・・・
いつもなら真っ先にテキパキ怒鳴り散らしながら素早く処置をする印象の先生が、研究者のように考えながら押し黙り、私には他人事のように、人が違ったように見えたのは・・・
きっとそうとう信じられない思いに圧倒されていたからだったんだろう。と、今やっと気付きました。
その不思議事件は、「普通の人の健康な心臓じゃなかったから」とゆー、ま、そりゃそーだよね的な、曖昧な結果で、お互い納得させ心に受け止めるしかなく。
でも何故、痰が硬くなったのかはハッキリしないまま、「人生には分からなくても仕方ないって事もあるんだ」と思い続けていました。
その結果がやっと解明できました。
「著明な新旧の心筋障害」
郁弥の心臓は、元々の心不全から初めの手術、その手術で起こったブロック(簡単に言うと自前のペースメーカが切れた)によってペースメーカ挿入、その入れ替えで左心室から右心室にリードを付け直したなどの負担により、心筋自体が3分の1以上ボロボロでした。
顕微鏡で調べると、痛んだ細胞を治そうとする細胞が分かるそうで、それにより過去のダメージから最近のダメージまで明らかになったとゆー。
この心筋障害が徐々に進行していた為に、痰の詰まりや嘔吐など、体のアチコチにも影響が出だしてきたのなら。ワケの分からなかった体調不良にも納得がいきます。
窒息後にもたなかった「弱い心臓」の証明も。何となくのイメージではなく、医学的にハッキリと。やっぱり心臓が弱かったからだねー。と言えます。
元々は染色体異常の22q11.2欠失症候群(CATCH22症候群)でした。
この特徴の1つにある心臓病。が、郁弥の一生を決める結果になりました。
窒息でも脱水でも脳障害でもなかった。結局最後の最後は・・・やっぱり心臓だったんだ。
遅かれ早かれ、現実的に命の期限が迫っていたことも、改めて確信しました。
「子供でこんなに痛んだ心臓は稀有です。この結果は大学で発表します。」
ブラウン先生は1つの強い信念を持ったように、真っ直ぐこちらを見つめました。
郁弥が体を張って生きた証を、是非誰かの為にお役にたてるのなら。
「本望です。」と告げました。
我が子とゆーよりも、弱い心臓で人生を戦い抜いてきた郁弥とゆー1人の男に敬意を表したい気分です。
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