2009年8月26日 (水)

懐かしの登場「金さん先生」

ママがファンだったから、昔やたらと日誌によく出てた、郁弥のリハ担当「金さん先生」。
もちろん郁弥が亡くなった事は知ってます。でも、優衣を産んだ報告はまだしてなかったから・・・
「!!!」
バギーを押してるママを発見した瞬間に、驚きの表情と共に喜びの笑顔。
「頑張って産んじゃいました~。」
「良かったね~!どうしてるかなって気にしてたんだよ~。」
そして、バギーで眠る優衣の顔を見て、
「・・・フミ君の寝てる顔にソックリだね~!」
この言葉で、ママの頭ん中は2002年にタイムスリップ。金さん先生と毎日3人で頑張ったリハ室での思い出が、涙になってドバっと出てきた。
前からいつか書こうと思ってたネタ・・・優衣には悪いけど本当に寝顔が郁弥に見えちゃって、思い出しては涙を流すこと。成長してくうちに、郁弥に似てるなんて周りからは言われなくなったけど、ママはいつもそう思ってたこと。
小さい時の郁弥の印象が強い先生だからこそ、優衣と同じ顔だって気付いてくれた。
今日は会えて嬉しかったし、喜んでもらえて良かったな。

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2009年7月 7日 (火)

BCG

なにも、七夕にBDGってね~。
なんと、このボツボツ印を我が子に付けるのが夢だったママ。
郁弥は予防接種どころじゃなかったからねー。だいたい、もっとヒドイ病気になっちゃってたんだから。
気付いた時には、「もう○歳を過ぎたので、やっても意味の無いモノがあります。」なーんて言われたっけ。

近所の小児病院まではバギーで。今日はお散歩する所ができて1日助かったじゃ~ん、とママはルンルン。出好きの優衣もワクワク。
院内は冷房が効いてて快適。待合室ではゴキゲンの優衣。これから起こる事など、知るよしもなく・・・。
「さあ、ママの方向いて座ってね。」
「んギャァァァァッッ~~~~!!」
何で泣いたと思いますぅ?注射じゃないの。押さえつけられたから。ホント、じっとしてらんない人!
泣いたついでに注射は「アレ?」って間に終わり。その後が大変だった。患部を触らないようにジッと30分、隣の部屋に閉じ込められ。
暴れないよう必死で抱っこユラして誤魔化したよ。腰が痛テぇ~よ、年寄り母さんは。
優しいオジイチャン先生でした。歩って行けちゃうから、次回の接種もお願いしてきました。

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何も知らずに待合室でゴキゲン

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2009年6月 7日 (日)

ひーばーのお見舞い

ホント、病院スキね。出っ歯家って。

ひーばーがベッドから落ちて骨折するアクシデントがあって、手術入院しており、何度か面会に。
今日も、じーばーと郁弥の墓参りに行った後、皆で会いに行きました。

場所は、ママが子供の時に通ったことがあるくらい古い戸塚の病院。狭い6人部屋に押し込められて可哀想ですが、看護師さん達は皆元気で明るく。
「ワァ!赤ちゃん!」
お年寄りの病棟なので、ピチピチが新鮮みたい。仕事疲れの一服効果に役立ちました。
ひーばーにとっても元気の源。抱っこができないので、ベッドテーブルの上でご対面(まったくパパったら・・・)。
でもまた、ママ見ちゃってるよ。

もうすぐ退院できるそうで良かった!
度重なるトラブルにも負けず、必ず復帰してくるシブトク強靭なひーばー。憎まれっ子ナンとやら???

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2009年4月21日 (火)

乳児検診

郁弥の受診は、火曜の午後の予約が多かった。何故なら、乳児検診の時なら風邪っぴきの子が来ないだろーから。感染防止を配慮してくれたブラウン先生の心意気でした。
そしてずっと、可愛い赤ちゃんを羨ましく眺めていました。あの小さな頭がゴロゴロある芋洗い状態の中に、郁弥も入りたかった・・・叶わぬ思いをずっと抱えながら、複雑な気持ちでよく眺めたものでした。
そんな芋洗いの一員に、優衣はスグなっちゃいました。

小児科へ到着すると、向こうから白い服のオバサンが沢山やって来ました。
「お待ちしてオリマシター!」
芸能人の出待ち状態で大歓迎。待ち構えていたナース。郁弥の時にお世話になったサザエさんやプラズマさん達です。
「ようこそ乳児検診へー!」ってなカンジでさ。ママが問診表を書いてる間に、とっとと抱っこして連れてかれ、脱がせられ、体重を量ってもらってました。
早くも4300g、デカっ、郁弥は全然大っきくならなかったのに。
母乳が出過ぎてるせいか、母乳に脂肪分が多いせいか、周りの頭より大きいように思いました。ヤベ、女の子なのに、脂肪細胞を増やしちゃ大変だー。
未だにスッゴク黄色人種だったので、先生に採血してもらいました。
ヒールカット・・・かかとに針をチクンと刺して、出てきた血を1滴ずつ、ミルミル(ってまだあるの?)のストローより細っそい管に蓄えていきます。
「我慢すんだよー。」
入院中にやられた時は泣き喚いたらしいけど。
「お兄ちゃんは痛いこといっぱい我慢したんだから。」
あ、言っちゃった。言っちゃいけないと思ってても、ついつい比べちゃう。将来、予防接種とかでも母ちゃん言っちゃうんだろーなー。優衣にとってはアニキは永遠に超えられない無言のプレッシャー。
「そんなこと言ったって!あたしには一大事なんだー!」って声が聞こえてきそうだ。
でも今回は泣かずにオリコウさんにしてました。
おかげさまで検査結果は問題ナシでした。母乳だからどーしても長引いちゃうんだな。
濃そーな母乳だしぃ~。

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2009年3月27日 (金)

搾乳は得意!

郁弥は搾乳でばっか飲ませてたので、今回も手馴れたモンです。
だいたい3時間ごとにお乳が張ってくると、せっせと搾り出す。今のところ片乳50ccくらいです。
そして半日10個くらいの冷凍お乳を、ゴッソリ持って病院へ運びます。
面会時間は直接授乳もできますが、目隠しでオッパイに吸い付く姿を見ると、また記憶が襲ってきそうなので遠慮してます。お乳が張る度に、部屋を借りて搾乳だけさせてもらってます。
赤ちゃんのいる新生児室には入れないので、のんびり日サロ(ブルーライトの治療器の中)で過ごしてる様子をチラっと拝んで、残りの時間はロビーで待機。
看護師さんが心配そうにやって来ます。
「ごめんなさい、私が『また来て下さい』って言ったから、ここで帰らないで待ってたんですか!」
「いえいえ、初めから面会時間中はずっとここにいるつもりでした。付き添いは慣れてますから、ご心配なさらずに。」
病院、嫌い嫌いと言っときながら、ついつい自分の居場所のような感覚に陥るのがどーもね。

「検査の結果、だいぶ値が下がってきたので明日退院できそうですよ。」
やったー!いよいよ下界進出への本番が始まる!
ウキウキしながらお迎えの準備。確定の電話は明日の朝だから、まだ万が一ダメだった時の心の準備も要るけどね。パチンコでいったらスーパーリーチくらいの状態でしょうか?

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2009年3月25日 (水)

退院できず・・・

今日は退院の日。やっとお家に帰れるよ~~~!
とワクワクしてたら看護師さんに、
「ちょっと黄疸検査の値が高いので、小児科の先生に診てもらいますね。」
と足止めをくらった。
検査で引っ掛かる→不安が安心に変わらず→即入院
この形式、どっかで覚えがあるぞ?
案の定、不安的中のまま数日間、赤ちゃんだけブルーライトヨコハマ治療の中に置いてけぼりとなった。
ママだけ帰る寂しい退院。毎日オッパイを運びます。あ、これもどっかでやったな。

ここで、晴れやかな気持ちが一気に過去に戻ってしまった。
今度の子はスッゴク元気そうで、黄疸で入院が延びるのなんて周りでもよくあるし、特に元気な子ほどそーなってるような気さえするし、全然たいしたことないと頭では思ってるのに・・・赤ちゃんの病状を心配するのとは違った、言いようの無い感情が押し寄せた。
ちょっとPTSD気味なんですよね、きっと。
前にも、(まだ更新してないのでネタバレですけど、)夜中に家の前で救急車が止まって心臓がバクバクしたり、ダウンして点滴うちに行った先でブラウン先生に会って涙が止まらなかったり、とゆーこともあり。
何かがきっかけで郁弥の記憶が甦る。それだけ精神的に大打撃をくらってたんだな。
・・・で、黄疸ウンヌンよりも赤ちゃんに張られた目を保護するテープに、郁弥の術後の姿がダブって見え、あの時の血生臭いリカバリー室での感情が乗り移って、悲しくて悲しくて仕方なかった。
勝手に涙がボロボロ出ちゃって、「わかっちゃいるのにやめられない」。
泣きながら授乳してると、看護師さんが心配そうに来てくれます。わかってるんです、わかってるんですけど止まらないんです。
何で泣いてるのかも分からないくらい止まらず、病的に泣き続ける。完全に病んでるな、こりゃ。
(正直、今も泣いてます。リカバリー室が乗り移ったようで。オペ室に間に合わず、その場で胸開いたから、マジ血生臭かったんだよー。)

パパには、「お前これから大丈夫かぁ?ちゃんと育てろよぉ?」と呆れられる始末。
過保護にするつもりはないが、「子供」に対しての気持ちが強すぎるんだな~。ま、これもこーなる覚悟はしてたけど。上手く付き合っていかないと。
赤ちゃん見てると普通は「可愛くて幸せ~」ですけど、これが病気の子だと「可愛い」「幸せ」から「可哀想」「大変」に少し見方が変わります。
そしてそんな中でも「可愛い」「楽しい」「幸せ」を、何とかそー思えるように模索葛藤しながら自分なりに見出します。
もう我が子をそーゆー風には見たくないな~。健康が一番だよ。

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2009年3月24日 (火)

主婦パパ

毎度のことですが、家事すげーやってるパパ。
家を空けても安泰。布団干し、窓拭き、自分の弁当まで作ってるらしく。
毎日毎日、色んなモンを作って持ってきます。肉焼いたりとか、オニギリ6個とか、グレープフルーツ剥いたやつとか。フルーツ盛り合わせは得意になっちゃって毎日!
マックや吉牛買ってきた時もありました。
郁弥の付き添いじゃないんだから、入院食にオヤツまで出るんだから、そんなに食えねーっつーの。
「だって病院食じゃ口に合わねーんだろ?」
そりゃそーだけど・・・ただ、ふりかけは重宝しました。
同じ性格の義母も、毎回せんべいだの、たこ焼きだの置いて行きました。大変ありがたいが、家で食いたかった。匂いが気になって無理矢理食ったよ。

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至福の時

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2009年3月23日 (月)

母乳育児

ここの病院は母乳推進。
私は前回よく出たけど、郁弥に吸う力が無かったので、ずっと搾乳でした。しかも1ヶ月半で呼吸器に繋がれて飲めなくなっちゃったしね。膨大な供給に対して需要が無く、とっても寂しい思いをしました。
今回はかなりの期待。ダイソンパワーで吸い付く吸い付く。
産後直後の減り分を取り戻す、70gも増える日も!この人は心臓病じゃないね、きっと。

助産師さん達はとっても熱心に母乳指導をしてくれる。
患者に呼ばれれば夜中でも、1人1人のベッドサイドで丁寧に指導している。
「咥えさせるのが少し浅いですね。こーすれば痛く無いですよ。」部屋中のアチコチから声が聞こえる。
「今は張ってて硬いですけど、そのうち吸われれば出るオッパイに変わりますよ。」
私も、プライマリー(自分の担当)をはじめとする助産師を何人も捕まえては授乳室に連れ込み(?)、お乳の状態や飲んでる様を見てもらう。
どうやらこの乳は大量生産工場になってて、赤ちゃんの飲み方も「ガッツがある」そーなので先行きは明るい。前回分を取り戻してやろーじゃないか。
郁弥をお産した個人産院は母子別室でした。毎晩預けてミルクを飲ませてもらうのですが、未だに謎なのがカルテに書いてあった哺乳量・・・60とか80ccなんて???
今考えると、1ヶ月家にいたって1時間かけて40飲ませるのがやっとだったのに、本当にそんな容易く飲んだんだろーか?
時間が経てば経つほど不信がつのります。
そして陣通時のパパとの対応と、先生が到着し即分娩室で産むまでの、待合室の床ッペタでウンウン唸ってた数十分間、何もしてくれなかった事を思い出すと・・・あの時は良い産院だ~と軽く考えてたけど、コッチの今の病院の方がよっぽど手厚いなぁ~~~。
とにかくメチャメチャ熱心で親切なので、大変感謝しております。

ところで授乳中って胸が物になるよね。友達や義父の前でも平気で出せちゃうトコロ。
友達も以前ウチに遊びに来た時、お喋りしながら目の前で搾乳してたよ。

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パパやめてくり~~~

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2009年3月22日 (日)

面会時間いっぱい

入院翌日から3連休。休日の面会時間は7時間と長いので、パパもずぅーっと居られてちょうど良かった。
しかも、無理だと思ってた出産予定日翌日のバーレーン戦も観られるなんて・・・この子は親孝行だな~。
と、のんびりWBC観戦しながらの優雅な生活。

毎日、親戚や友人が沢山会いに来てくれます。
赤ちゃんが生まれたことを心から喜んでくれて、飛んで会いに来てくれる人達がいるって、本当に私は幸せだな~と思います。
美味しいスイーツも沢山頂いちゃって、マヂ感謝!
面白いのが、全員が全員そろって「新生児ってこんなに小っちゃかったっけー?」と必ず吐くセリフ。あんた、半年前に産んだでしょ、って人まで言ーんだから笑っちゃう。
そんだけ子供の成長は早いってことだねぇ。

今日は3日後にして初、走っちゃいました。パパが携帯忘れてっちゃうからさ。
慌ててコットを暴走してナース室に預けて、急いで追っかけて外に出ると、ちょうど駐車場から出てくるセレナが。
間に合ったけど、雨のなか上着も着ずに、寒いわオッパイは染み出るわで散々だったよ。

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2009年3月21日 (土)

通らなければならない道

次の子を産む決意をした時から、こーなる事はもう覚悟してた。
フラッシュバック。
絶対比べる。絶対思い出す。絶対、子育てをしながら涙する。
さっそく。
声の感じや動き、表情、新生児の郁弥を思い出して涙が止まらなくなる。
今、私が一度も新生児室に預けないでずっと寝ずの番をしてるのは、入院中ひとりぼっちにしてきた郁弥への後悔から?あの思いをしたくないからなのかも知れません。
昔、里帰り中に居間から部屋に戻った時、寝てたはずの郁弥が大泣きしていたことがあった。その時は泣くのも運動だ、なんて思ったけど・・・心臓病と気付かずに泣かせていた後悔で、アノ時の情景は一生焼きついている。
なので、心臓病じゃないことが確信できるまでは、へたに泣かせられないっつー頭がある。ま、この大声なら大丈夫だと思いますケド。
・・・てか自分家だったらいーけど、4人部屋で泣かせすぎは近所迷惑でしょ。みんな疲れてるんだから。

ママの体調によっては、同室が大変で赤ちゃんを夜だけ預けたりすることもある。
毎晩、新生児室から泣き声の合唱が聞こえる。
ちょっと泣くくらいなら元気で良い。肺が大きく開いて呼吸の助けにもなる。でもそれでも構ってもらえないと大泣きが酷くなり、パニック泣きに変わる。
看護師さんは良くしてくれるが、始終付き添ってはいられないので、酷く泣いてる声が聞こえたりする。これを耳にするのが辛い。
ここの赤ちゃんは安全だから良いけど、私はもっと別のことを考えちゃったりする。
ニュースで見る、生まれてスグ捨てられちゃった子は、こーしてどんなに大泣きしても誰にも気付いてもらえない、泣いても泣いても誰も助けてくれない。
命が助かれば良いけど、そのまま力尽きて亡くなってしまったり。泣くしか訴えることができないのに、「ウルサイ」と虐待を受ける子もいる。
どーしてそんな事ができるんだろーか?そんなら何で産んだんだ?
と、生きて欲しいのに死なせてしまったとゆー思いが強い分、涙が出るほど心が痛む。

でも私がココで痛めたからって何にもなんない。世の中には他にも、紛争や飢餓で辛い思いをして亡くなってく子が沢山いるんだから。
ひーばーも言ってた。「戦時中は、敵に見つかるから泣く子は殺せって言われるんだよ。」って、酷い時代だ。現代で本当に良かったと思うよ。
だから考えたところでどーしょもない。ただ、我が子が、ママが隣にいて良かったねーと思うしかない(こんなママですけど)。
抱き上げるとピタッと泣き止む、この子をとても愛しいと思う。

・・・と、同室の赤ちゃんが泣き出す。
普通はここでママのお世話が始まり、泣き声も止むのだが。そこのママはいつも寝起きが悪い。とゆーか起きない。
泣き声は30分以上続き、たぶん他の同室のママが全員気付いてるのに???イビキをかいて熟睡中・・・。
こんなママもいるんだなー。ナース室に預けた方がいんでねーか?と思うほど。周りが全く寝れない。
さすがに看護師さんが来て、「お母さん、ミルクの時間みたいですよ。」と起こされてたけど。
ついでに、ここの病室は分娩室から近いので、毎晩お産の悲鳴が聞こえます。
スンゴイ痛そうに叫んでる人もいます(って、プラーバシーねーのかよ?)。病室の皆が2時間近く心の中でハラハラしてるよ、たぶん。
私も相変わらず、そんな彼女達を毎晩応援してます。
やっぱり牢獄だわぁ~。

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2009年3月19日 (木)

お産、その後。

出産後まもなく、毎朝の小児科回診の時間になり、早速ブラウン先生が分娩室に来てくれました。
「おめでとうございます。」
突然でビックリ。分娩台で身動きできないままの御挨拶。郁弥の緊急入院とかで、ノーメーク髪ボッサボサ家着のままで会ってるから、今さら恥ずかくも無いけどね。
「ありがとうございます。また宜しくお願いします。」
ヨロシクするのは検診だけにしたいね。

病室に戻るまでの数時間は分娩台の上で休息。といっても眠くないし暇~~~。
休めば良いのに何だか元気な私は、怒涛のメール攻撃。今のうちにやっとかないとキリが無いと思い、律儀にも「連絡ちょうだい」と言われてる身近な人達への一斉送信を開始。
これって、返信のやり取りも入れると「スゴイ通信料になるよ(パケ放題じゃないし)」と友達に注意されてたのに、やってしまった・・・。
そんなんしながらジッとしてると、ちょうど隣の分娩室でもお産が始まった。
ウンウン唸ってる。とっても苦しそう。私は終わってホッとしてるけど、彼女は今が一番の頑張り時だ。
頑張れ!頑張れ!ついつい隣室で陰ながら応援する私。まだリアルにホヤホヤだから気合も入っちゃう。
そして・・・元気な産声とともに、周囲から「オメデトウ」の歓声が聞こえた。思わずコッチも涙が出てしまった。

「お母さん、今日から同室で良いの?」
元気そうな私の様子に、看護師さんが声を掛けてきた。
「全然いーですよー。」
軽く答えたら、本当に昼から赤ちゃんがやって来た。完全母子同室のここの病院。それでも普通は翌日から一緒になるみたいだけど。
しかもコットに寝かせると泣くので、初日から添い寝開始。出産当日なのに、ママはほとんど一睡もしませんでした。
でも全然苦じゃないの。
健康な子(だと思いますが・・・)の育児って、こんなにも嬉しくて楽しいものだとわぁぁぁぁ!!!
可愛くて可愛くて仕方ない。老夫婦出産の余裕・・・。

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出産実況!

午前3時・・・・・・・・・・
「・・・?」
なんか腹が痛ぇ~。下痢かな?
3時10分。やっぱり痛いな~?
3時20分。あれ、10分間隔だ?まさか?でもたいした痛みじゃないし、スグ消えちゃうし?まさかねぇ?
ベッドで考えてると、パパが起きた。早くも出かける準備を始めてる。
「な~んか陣痛のような陣痛じゃないような?」
なんだかなー?よく分かんない。本当に陣痛としたら、またいきなり10分間隔からかよー?
そのまま1時間考えたあげく、昨日の内診の出血ではなさそうな「ヲ印」のような物が出て、確信が強まったので病院に電話した。
まだあやふやなまま前回の経緯を話したところ、助産師さんは優しく「Go」サインを出してくれた。今度は「もうちょっと待て」と言われなかったのでホッ。
車に乗り、夜間受付へ入ると本格的な陣痛が。あー、やっぱりそうか。電話して正解だ。

LDR(陣痛、分娩、回復を兼ねる)分娩台に上がって臨戦態勢。もう子宮口が6cm、そしていきなり10cm開大になっていた。
「ホント早いねぇ~。電話して来て良かったね~。」
助産師さんもビックリ。だいぶ下りて来てるみたいだけど破水待ち。「スポーンと飛び出ちゃいそうだから」と、無理にいきまず自然に任せるようだ。
何分間隔かはよく分からないまま、分娩装置のモニターの音を聞きながら・・・ドンドンドンッ!と波が来たら痛みをこらえ、波が去るとペラペラ喋る。
「掃除機かけるつもりだったから、帰ったらかけといてね。」
「そんなに私ばっか撮らなくていーよ。産まれるトコだけで・・・あー来た来た来た、ウゥ~~~、フゥ~~~!」
傍に付き添ってた助産師さん、こんなよく喋る妊婦とパパとのやりとりに失笑。
「お前の股の向こうで、みんな笑ってたゾ。」
と後でパパに言われました。

そのまま2時間も額に汗しながら、痔が出ないようにずっと肛門を押さえてくれた助産師さん。感謝感謝の彼女の姿は忘れない。
と、ついに先生登場・・・するなりとっとと人工破水。お湯がドバーと出る感じが爽快だ。
するとすぐに大波が押し寄せ、3波のいきみで「オギャー!」と産まれた。自然に任せて粘ってたのは何だったんだ・・・?
頭が出ても最後の最後まで胎動があり、子宮を蹴って出て行った赤ちゃん。産声はとっても元気そうだ。
「あら、ヘソの緒が首に巻きついてた。でも大丈夫だったみたい。」
だって。


午前7時27分。赤ちゃん誕生の瞬間は「感動!」の一言でした。
普通に結婚して子供ができて家族が増えて・・・とゆー流れが当たり前だと思ってた前回とは違い、命の尊さを実感して、望んで覚悟してついに産まれてきた我が子と対面した瞬間は。勝手に涙が流れてきて、先生や周りの皆に「ありがとう。ありがとう。」と言いまくっていました。
「ところで性別は?」
ビデオを回してたパパも興奮してたのか、2人ともスッカリそんな事は後回しで。
「女の子ですよ。」結果、どっちでも良いよ、健康ならばどっちでも。
(でも後でパパに、「聞いた瞬間、お前はテンション下がってた。」と言われた。いや、下がってない下がってない。本当にどちらでも。)
久々の出産でちょっと声が出てしまい、前回より呼吸法が下手だったかも。レンズを向けるパパの「感想を一言!」に、「先生、声出しちゃってスミマセンでした~。」と。
4時間半の安産といっても、やっぱり出産は痛い~~~。「1人っ子でも良いぃぃぃ?」前回同様、またパパに言ってました。
立会い初体験だったパパ。献身的に手を握ったり飲み物を渡したり、呼吸法のパンフを見せに来たり、「赤ちゃんに酸素が行くように深呼吸!」なんて助産師さんと一緒になって、意外と冷静でしたよ。

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誕生!!!

3月19日午前7時27分
3130gの女の子を無事出産しました!
とりあえず、ご報告まで。

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2009年3月11日 (水)

内診で・・・

「子宮口が2cm開いてます。」と言われました。いよいよですね。
小児科から産科に移った知り合いの看護師さんにも、「フミママ、出だし順調!」と。
受診と割り切ってはいても、知り合いに股を開くのはちょっと照れるけんね。
さらに昔お世話になった看護師長や、小児科外来の受付オバサンなど、会う人会う人に「楽しみにしてるよ~」コールの嵐。院外でも院内でも、皆が郁弥の弟妹を待ち構えています。
入院中に沢山見に来るような気がしてならん・・・。
頑張って産まないと!

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2009年3月 5日 (木)

もう2600gだって!

ヤベー、このままいくと3kg越えは確実だ。郁弥くらい(2870g)で産みたかったけど、ま、健康ならいっか。
頭は9cm。大腿骨は7cmです。明日から運動して早く出さなきゃ!
今日の先生は若きホープ(今どき産科なんて全員ホープでしょ。)で、エコーで心臓を念入りに診てました。
「カルテに前のお子さんの事が書いてあったので・・・心臓は肋骨ができた今よりも、18週くらいの方がよく見えるんですけどね。」
「あ、いーんですいーんです。どちみち産まれてからじゃないと、どーにもなんないし。」
前にチラっと、部屋(心房心室)4つ確認できて喜んでたくらいだったし。

ところで・・・とうとう引っ掛かってしまいました、鉄。
郁弥ン時もそーだったし、血が薄いので覚悟はしてたけど。
ホウレン草にヒジキ、ミロまで飲んで頑張ったけどな。結局もともとが追いつかないんだな。
自力で乗り切りたかったけど、ここは薬に頼るしか仕方ない。

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2009年1月25日 (日)

さて、パパは立会いできるのか?

今週も母親学級に夫婦で参加。お産の仕組みや呼吸法を勉強しました。
ビデオ上映では「あんなマニュアル通りいくばっかじゃねー。」と斜に構え。
・・・だって「心配ありません」だの、モデルケースばかりのかしてやがる(そりゃ教科書なので当たり前ですが)。
ほとんどの出産が安全だが、私の周りは出産のトラブルに遭った人だらけなんだ。世の中うまくいくとは限んねーぞ。
と脅かしたくもなる。
「初産の陣痛は10~12時間。その間に入浴を済ませ、入院準備の確認をしましょう。」
だとぉ~?そんなの信じてたら私ゃとっくに家で産んどるわ。
つーか真面目な私は信じてましたし・・・真面目じゃないパパが看護師の制止を押切って病院に乗り込んでなきゃ、、郁弥はどーなってたか。
ちなみに下の妹も、私のケースを知らなかったら一度帰された後に嘔吐で大変な事になってたと言い、上の妹は1番目が7時間、2番目が2時間で出産。いったい次は何分で出てきちゃうのか考えたらオトロシー!
・・・んで、自己紹介の時には、
「私は前回4時間で産んだので、今度もスグに病院に来たいと思います。」
あえて言いました。
パパは「お前は鈍いから痛みに気付かない」と言いますが、マジで、痛くなってから計ってますよ。何十時間も掛かる人からしたら、痛い時間が少なくて羨ましいかもしれませんけど。
・・・で、これには助産師さんも納得。
「次はもっと早まるかもしれないので、気をつけて下さいね。」
そしてエントランスで産んでしまった例や、体重が20kgオーバーして入院させられている人の話など話してくれました。
これだよ、これ、大切なのは。マニュアル本やビデオでは味わえない実際のリスクを生の声で聞けるからこそ、母親学級に参加する意味がある。

みんな「自分は平気~」と普通に産むかもしれませんが、私が長年の入院生活で感じたのは、高齢・肥満・双子が圧倒的に多かったこと。
郁弥の染色体異常は原因不明だとしても、次の子は20代よりも今の方がダウンの確率が上がる。また心臓に穴が空いてるかもしれない。産道に脂肪がつかないようできるだけ頑張ってるつもりでも、ヘソの緒が巻き付いたり便を飲んでしまうかもしれない。
今は低血圧でも・・・何が起こるかわかんない。ママ自信、頭の血管がプチッて切れちゃうかもしれない。
(たらい回しのニュースの時、何処ぞのト知事が『あれは稀な事故だから』と言ってたが・・・脳血管障害は妊婦の重大なリスクなの知らねーな、コイツ馬鹿じゃねーの?と思っていた。)
なので、無事に出産できたらラッキーだと思いますし、どんな子が産まれても育てる覚悟は妊娠を決意した時からあります。

それから病棟へ行って分娩室などを見学しました。
「今日出席されたパパ達は、当日の立会いができます。」
「!!!」
おっとビックリ。立会いを諦めていたウチにもチャンスが!参加させてみるモンだねぇ~。
日頃テレビの手術シーンもそーですが、今日の出産ビデオでさえも「お腹が痛くなってきた・・・」と影響を受けやすいパパ。おめぇ、子宮ねーだろ?
それでも立会いできる可能性を知ると、少しヤル気になったのか。
「当日の気分次第で決めよう」だって。
本当に大丈夫だろーか?ママだったら立派に撮影してやんのにな~。

ちょっと私が恐れているのは、今でもずっと、自分が下痢など「痛み」を感じた時に、郁弥はもっと辛くて痛い思いをしてきたんだなーと頭に必ずよぎること。
今度の陣痛でもきっと思い出すに違いない。郁弥への思いが強すぎて、泣きまくってパニックになるかも。
そんな時に、「今は郁弥より、この子の事を考えろ!」と叱ってくれるパパが必要。
「それがパパの役目だね。」
って言っときました。
しかし逆に、ママが拒否する可能性もあるかも。前回の陣痛では、「パパあっちいけ~!」とお義母さんの手を握ってましたから。
男には分からないと本能が感じたのかも。献身的なパパは可哀想だったなー。

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2009年1月18日 (日)

母親学級

経産婦だけど9年ぶりだし、ココの病院で産むのは初めてだから行った方が良いかな~?若い人ばっかだったらどーしよ。
と思いながら、思い切って行ってみました。案外年齢なんて分からないモンで。

この病院では週数によって3種類あり、16週からは妊娠中の注意点や栄養などの勉強、20週からは体操とおっぱいケア、28週からは呼吸法や動作と病棟見学などです。
今日は体操の日です。
とても良心的でパパも兄弟も参加OK。とゆーことで、運動不足のパパを引っ張り出して強引に参加させました。
20人くらいの妊婦さんが集まり、部屋にはヨガマットがズラっと敷いてありました。
「お、やったじゃん!」
以前に体験したお寺ヨガと、ピジョンママにもらったマタニティヨガのDVDで多少の知識はあるものの、やっぱり実際の指導員と提供の場があった方がヤル気になります。全く自己管理能力が無いですからね。
「ここでは無理に体を動かすことはせず、リラックスを目的とします。」
そうそう。反動をつけてどのくらい曲がるかよりも、呼吸法や姿勢などを重視した心地良いストレッチが大切なんだよね。
・・・って言っても・・・
「イデデデデ!」
隣で足に手が届かない人がいる・・・。
「ギャハハハ!」ウケるー。あまりに体の硬いメタボのオヤジに大爆笑。これじゃぁ腹が波うっちゃって、ちっともリラックスにならないよ~~~。
もうあんまりどーしょもないので、パパの方は見ないようにして。ママは自分1人で瞑想の世界へ。
気持ちよ~く体を伸ばし、あぁ、いい運動だ。こりゃいい、もっと早く来れば良かった。無料だし・・・2ヶ月損した。

その後のおっぱいケアでは、母乳を飲む赤ちゃんのビデオを上映。
郁弥が産まれた頃を思い出させられ1人で隠れて号泣。こればっかりは、出産後も覚悟している避けて通れない思いなのです。
ヨガはまた参加したいけどぉー。ビデオはもういいな、早退しちゃおっかな?

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2009年1月 5日 (月)

8ヶ月

正月明けの外来はメチャメチャ混んでます。
覚悟はしてきたんでそれは良いんですけど、違うことでイライラさせられた。
付き添いも多いんです。旦那とか親とか。
ま、一緒にいる兄弟や中年のお祖母ちゃんはいーとして・・・。
おいっ!旦那ども!お前ら男が堂々と隣に座ってるな!
空いてる時は別に良いと思うんですけど、今日の待合席は満杯で。
すぐ傍には座れないでいる妊婦さんもいるってーのに、全然譲る様子もない。
ここは産婦人科、どー考えてもお前ら男が患者とは思えんぞーっ。
あんま遠くだったので注意はできませんでしたけど、近くだったら言ってたかもね。
にしても、隣の奥さんも気付かないんだろーかね。心配りがあれば、「パパ、ちょっとどいてあげなよ。」って、私だったら言うね。
こんなの、コレを読んでくれる皆に愚痴ってもしゃーないんだけど。
ってか、運動不足の私の方が立ってろってカンジもするんスけど?

街へ出るとマナーの悪さが目について、ストレスが溜まって今の私には良くないから、家でテレビっ子してる方が気が楽だね。
あとサンデードライバーが多い日の運転も特にダメだ。

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2008年12月22日 (月)

美しい体

つわりで3kg痩せて、5ヶ月で元に戻ってからプラス4kg。年末年始がヤバイな~。
だいぶ「何か入ってんなー」な体になった。
風呂に入る前に鏡に映すたびに・・・
「不恰好。」
だけど私にとっては人生で一番「美しい体」だ!
命が宿ってるんだもん。こんな神秘的な体には妊婦じゃないとなれない。
でも嬉しいだけじゃなく、結構シンドかったりする。
腹ン中のケンシロウが・・・
アターッ!アタタタタタタタタァァァーーーーッッ!!!
(ルフィでゆーガトリングです。)
何だかワケ分からんエイリアンを抱えてる感じです。

「赤ちゃんは1kgくらいです。胎盤は背中側の上にあって、前置の心配もないですね。」
今日のエコーは女医さんが丁寧に説明してくれた。むくみなし、尿も正常。手足を曲げる様子も分かり、心臓も元気良く動いている。
それにしても診察室で裸を出すことが全然苦じゃない私(大腸検査でも平気でケツ出すよーな人です)は・・・出しすぎなんだろーか?よくバスタオルをかけられる。そんなに出さなくてもいーわよ、的な。
「オッパイ、こんな感じです。」
スグにベローン。
内診でも。あらわにし過ぎているんだろーか。医者待ちの間、色んな人が通る向こう側で・・・ちょっとしたワイセツ罪だな、こりゃ。
さすがに看護師の誰かにバスタオルを掛け直されたりするし。
下ネタゴメン。

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2008年11月20日 (木)

出血が・・・

つわりの時は食生活がボロボロで、便秘と下痢を繰り返していたのは仕方ないとして、食生活を気をつけるようにしててもまだ続く時があります。
昨晩もひどい下痢で大変だった。やっぱ妊娠中って、今までみたいに体が丈夫じゃないんだね。しかも歳だし。
な~んて思いながら、今朝。トイレに行ったら少量の血が付いていた。
昨日ふんばり過ぎて、痔でもなったかな~?と思ったが出所が違う。ん?こりゃヤバイか?
今までの私なら、「たいしたことない」とそのまま寝て何とか時を過ごすのですが・・・人生には万が一って事がある!
自分だけは大丈夫、なんて思い過ごしや自己判断は禁物。しかもこれで病院に行かなかったら、パパにこっぴどく叱られる。もちろん、今日の予定も全て中止だ。

病院が始まるまでの2時間は、とにかく何もせず横になって無事を祈りました。
朝の一番で到着しましたが、予約外だったので2時間待ちを覚悟。たまたま隣の小児科外来に来ていたpp君とママに会い、喋りまくってたから苦にならなかったけど。
「何だか喋ってたら元気になってきちゃった。」
マジ体調悪いんだろーか?
実際、内診してもらったところ本当に何事もなく、「血、出てたの?」と言われたくらいでした。
忙しい産科。寝てりゃ~治るくらいのトラブルを、こんなんで来るな~と思われがちですが、先生はとても優しく丁寧で。
「もしお腹も張るようだったら、またスグに来て下さい。」だって。
郁弥のことや、私が慎重になってることを分かってくださっているからでしょうか。

そして・・・パパだけでなく、周りの仲間にこっぴどく叱られた。
「フミママは無理してないつもりでも、お腹に負担がかかってるかもしれないんだからね。活動するのは少し控えなさい!」
みんな口々にこー言うんだー。叱ってくれる仲間がいるって幸せだ。そんだけ心配してくれてるんだ。
休み休み活動してっけどぉ~、お言葉に甘えてもっと、大好きなテレビ観ながら寝転んでよっかなー?

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2008年11月18日 (火)

郁弥の死の真相は?

皆に読んで欲しい大事なトコなので、分かりやすいタイトルに。過激でスミマセン。
さらにかなりのネタバレですので御了承下さい。
未だ、あの日にさかのぼる意欲が湧かないの・・・いい加減書けよな~って自分でも思う。

先日、ブラウン先生から電話がありました。
「解剖の詳しい結果が出ましたので。」
子供を解剖したのー?酷ー!って思うかな?
救急搬送されて24時間以内の死亡は解剖するんだそうです。拒否る両親もいると思いますが、私達はどうして郁弥がこんな事になったかが知りたかったので進んで受け入れました。

夕方、パパも仕事を早く切り上げ病院へ。
あーあ、こんな誘惑の時間帯に出かけるなんて。飲みに行くなら最高なのにな~。大事な話なんだけど・・・嫌~な気分が甦る。
「3,4ヶ月で終わるって言ってたのに、1年以上も経ってしまいスミマセンでした。」
久々のブラウン先生は、変わらぬ風貌で切り出しました。
「いえ、実は私達もスッカリ忘れていて。」
当初の解剖結果では真相は闇の中、結局郁弥が何で死んだかは分からないんだな~とゆー印象で終わり、その後の詳細な原因究明をする話は、とっくに記憶にありませんでした。
でも。
「いやー、ちゃんと調べて良かったですよ。」

救急搬送されたきっかけは、硬い痰が詰まった事による窒息でした。でもスグに蘇生し、あの程度の窒息で、翌日に心機能が停止するなんて。どんな薬を入れても、何をしても、手の施しようがなかった。普通なら考えられない。
ブラウン先生は不思議で仕方なかったようです。
あの日あの時・・・
いつもなら真っ先にテキパキ怒鳴り散らしながら素早く処置をする印象の先生が、研究者のように考えながら押し黙り、私には他人事のように、人が違ったように見えたのは・・・
きっとそうとう信じられない思いに圧倒されていたからだったんだろう。と、今やっと気付きました。
その不思議事件は、「普通の人の健康な心臓じゃなかったから」とゆー、ま、そりゃそーだよね的な、曖昧な結果で、お互い納得させ心に受け止めるしかなく。
でも何故、痰が硬くなったのかはハッキリしないまま、「人生には分からなくても仕方ないって事もあるんだ」と思い続けていました。

その結果がやっと解明できました。
「著明な新旧の心筋障害」
郁弥の心臓は、元々の心不全から初めの手術、その手術で起こったブロック(簡単に言うと自前のペースメーカが切れた)によってペースメーカ挿入、その入れ替えで左心室から右心室にリードを付け直したなどの負担により、心筋自体が3分の1以上ボロボロでした。
顕微鏡で調べると、痛んだ細胞を治そうとする細胞が分かるそうで、それにより過去のダメージから最近のダメージまで明らかになったとゆー。
この心筋障害が徐々に進行していた為に、痰の詰まりや嘔吐など、体のアチコチにも影響が出だしてきたのなら。ワケの分からなかった体調不良にも納得がいきます。
窒息後にもたなかった「弱い心臓」の証明も。何となくのイメージではなく、医学的にハッキリと。やっぱり心臓が弱かったからだねー。と言えます。

元々は染色体異常の22q11.2欠失症候群(CATCH22症候群)でした。
この特徴の1つにある心臓病。が、郁弥の一生を決める結果になりました。
窒息でも脱水でも脳障害でもなかった。結局最後の最後は・・・やっぱり心臓だったんだ。
遅かれ早かれ、現実的に命の期限が迫っていたことも、改めて確信しました。
「子供でこんなに痛んだ心臓は稀有です。この結果は大学で発表します。」
ブラウン先生は1つの強い信念を持ったように、真っ直ぐこちらを見つめました。
郁弥が体を張って生きた証を、是非誰かの為にお役にたてるのなら。
「本望です。」と告げました。
我が子とゆーよりも、弱い心臓で人生を戦い抜いてきた郁弥とゆー1人の男に敬意を表したい気分です。

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2008年11月11日 (火)

6ヶ月検診

私が働いてた頃は、車の6ヶ月点検は法律で決められてたんだよ~。任意になってからガクンとやる人が減ったっけね~。
↑1月で車検とナンバーと保険を切ってまでセレナの維持を検討しようとする、車検代も数年後に新車を買う金も無い私(後々自分で陸事に行けばいっか~ってね)。

いや、車じゃなくて赤ちゃんの話です。
今日はエコーがありました。採血も尿も心音も体長も問題ナシの順調です。
エコーでは先生がメチャクチャジックリ心臓を診てたなぁ~?ちゃんと2心房2心室あって、スッゲー元気に動いてたみたいだけど?
何だか裏情報でもいっとるのかいな?
ちなみに何故だか、面識ない院長も私の妊娠を知ってるらしい。そして「フミママは絶対に受け入れ拒否できない」と(冗談ですが)ビビッてるらしい。
よっぽどモンスターなんだろか?

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2008年9月16日 (火)

マタニティマーク

出産、育児をサポートするNPO法人「ひまわりの会」では、全国の自治体を通してマタニティマークを配布しています。
私も母子手帳と同時に受け取り、せっかくだからと何気なくカバンに付けていました。別に何を期待するわけでもなく、でも何か役に立てば良いな~と思いながら。
病院から駅へ向かうバスの中でした。
一番最後に乗り込んだので、席は何処も空いておらず、車内中央あたりで吊り革に掴まっていました。駅まではそんなに遠い距離じゃないし、ま、いっか~ってな程度で。
少しして、大きな交差点でしばらく渋滞にハマりました。すると後ろからトントンと肩を叩かれました。
「奥が空いてますよ。」
混雑で最後部まで見ていなかったのですが、ちょうど1席だけポツリと空いているのが見えました。
「え?あ、ハイ、ありがとうございます。」
まさか、本当に声を掛けて下さる方がいるなんて。皆が注目する中、塊をかき分け遠慮なく奥に進みました。
郁弥が街へドンドン出て行って、多くの人から色んな配慮を受けていた事はありましたが、まさかこんな自分にもしてもらえるとは・・・茅ヶ崎市民も捨てたモンじゃないね~。
後からよく見ると、声を掛けて下さったのは、赤ちゃんを抱っこしたママに付き添うお祖母ちゃんでした。やっぱりこーゆーのって、身に染みて分かる人との差が出るんだなー。

以前、「今回は慎重なので早めにバイトを辞める」と告げた時、
「ま、そんなに慎重に考えなくても。妊娠は病気じゃないからね。」
とサラっと言ったあるジジイ。
どんな思いで妊娠を決意したか、今までどんな思いで子育てをしてきたか・・・不妊、流産、死産、出産直後の子供や母親の死を身近に知ってきた環境の中で、命に対する強い思いがある事を。
言ってないのも悪いんですが・・・そんなヤツに言うつもりも無いですが、同業者(=仲間?)や家族総出で働く農家の姑のように、自分も大変だった経験者に言われるならまだしも、何も知らないジジイに分かるかぁぁ~~!
そのせいで流産したら訴えてやる!くらいの勢いで心の中でキレた事がありました。
妊娠初期の辛さは、なった人にしか分からない。つわりの軽い私はともかく、重~い人はさぞかし大変なんだろうと。お腹が大きくないから、見た目では普通に判断されがちですし。
その為のマタニティマーク、皆に理解して欲しいな。

バスを降りて、さっきの人達を急いで追いかけたんですが、さすがに席を譲ってもらった妊婦が走るワケにもいかず、ゆっくりストーカーしてみたところ、運良く同じ目的地の銀行に来店していました。
「先程はありがとうございました。」
「お大事にね。」
今日のブログを読んでもらいたかったくらいだな。名も知らぬ心優しき市民でした。

ところで経過は?
「安定期に入りました。順調です。」
順調、なんて言葉、久々に聞いたカンジがする。昔は人生が「順調」で当然だと思っていたが・・・8年ぶりに聞いたこの言葉。とてもありがたく重みを感じる。

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2008年9月 2日 (火)

バスハシゴ

10週と6日でした。やっぱり予定日は3月27日。パパってバカだな~。
早生まれが嫌だったのは勉強ができないからじゃなくて、タメが次々にバイクの免許を取得してるのに、自分だけ誕生日がなかなか来ないから乗れない、運転はできるのに???・・・とゆー理由だったらしい。
毎度のごとく、超音波で生存を確認して「良かったぁ~♪」と呟く。先生もニッコリ。
「出産は当病院でしますか?」
「モチロン!お願いします。」
どの産科も予約制限があるとゆー過酷なご時世。まさか自分がドップリ浸かるとは。
小児科でお世話になった受付のオバサンに手続きをしてもらい、分娩の確約は何とか取れたみたいだ。
「立会い希望します?」
「いや、無理です。」
この病院、カメラもOKとゆー良心さ。ブログやってる以上、記録を残したいとゆー気持ちはありますが、なんせパパが倒れること必至。
妊娠出産の本を読んでて気持ち悪くなったくらいだし・・・。

行きは20分真っ直ぐ南下して歩って来ましたが、ココからpp君家に行く用事があったので、初めてコミュニティバス「えぼし号」に乗りました。
「えぼし号」は、大型バスが通れないような地元ならではの道や、交通の便が悪い山間部なども通る、地域密着型ミニバスです(ま、ウチはそれも通らない不便な場所に住んでますけど)。
これに乗ると、pp君家まで病院から直行。200円で行けてタクシーよりお得です。
バリアフリーを掲げているので、郁弥も一度乗ってみたかったのですが叶わず・・・車内はどんなモンだろう~と見回してみましたが、後部長椅子の他に両側壁に張り付いた椅子が何席か。おそらく、入口付近の椅子を持ち上げた所に車輪固定金具があるのではなかろーか?
こりゃ~、車椅子が乗ったらそれでお終いだな~。ちょっと使い辛いかな?とゆー印象でした。
ともかく、pp君家の目の前で降りれば良かったのですが・・・朝からジョア1本しか飲んでなかった私は、どうしてもイギリスパンのサンドイッチが食べたくなり(つわりのこだわりならでは?)、思わず駅で途中下車してしまいました。
次のバスは1時間後、さて、どうしようか?
買い物はスグに終わってしまい、ブラブラ時間を潰す余力も無く、暑い中ベンチで待てるはずもなく、とうとう神奈中に乗ってしまった私。
降車バス停は、pp君家から少し距離のある大通りでした。
重い荷物(お土産なんかを買い過ぎた!)とこの陽射し、朝からの疲れでもうクタクタ。
♪遠く~遠く~離れ~ゆくエボシライン~~~
ふと頭に浮かんだ曲。あぁ、マジで海岸134号線が遠くに感じる。歩っても歩っても、ちっとも近付いて来る感じがしない。
車だったら一瞬の距離なのにな~。妊婦は苦労するゼ。

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最近画像が無いから、こんなんで良かですかぁ~?

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2008年8月19日 (火)

経過は順調

だそうです。1.7mm。
「心臓動いてた~。良かった~。」
と言ったら、先生もニコニコ。
「心配する気持ちは分かるけどね~。」だって。

セレナが故障したのでどー行こうか悩みましたが、散歩も兼ねて歩いて行きました。
こんな痩せちゃってんのに、散歩はまだしなくていーんじゃね?
とも思いましたが、えぼし号(市のコミュニティバス)や神奈中(神奈川中央交通)のルートが家からでは中途半端の為。真っ直ぐ歩ったら一番の最短距離なモンで。
20分で着いちゃいました。
でも車と違って細い道に入れちゃうから、「ここは何処だ?」状態になることがあり、不安もよぎる。間違えた時の体力的リスクは、車よりも断然多いし。
女にありがちの、方向音痴には自信があります。私はとにかく原始的。太陽や星などで方角を調べる、あとは勘。曇ってたら最悪なのです。指を舐めて風を感じる、とか。
住宅街の中、高い病棟のビルが見えて、目指して行ったら無事に着きました。
これなら大丈夫だ。今度も歩って行けるね。

ヤクルトを買って一呼吸。
今日は混んでてかなり待たされましたが、覚悟していたので爪研ぎ器なんか持って来て余裕。
呼ばれて先ず問診、そしていったん診察室を出てから、もう一度内診の準備室に入るわけです。
準備室はレントゲンでもよくあるような、着替える程度の小部屋です。カーテンの向こうに内診台があり、隣り合った小部屋から順番に呼ばれて座るようになってます。
とゆー事は、先生は何人かまとめて問診した後に、まとめて内診をチャッチャと済ませるわけです。まぁ~総合病院らしい!忙しいからこその合理的!まるでオートメーションだワ。
なーんて考えながら、準備室で5分待ち。もちろんパンツは脱いだままです。カーテン越しの他の患者さんの診察は丸聞こえです。スゴイよね、この現状って。
しかも暇なので、爪研ぎながら・・・私もスゴイ。
あー、さっきのヤクルトでトイレ行きたくなっちゃった。でももうスッポンポンだしなー。このまま行くわけいかんしなー(←行きそうな勢いの面倒臭がり屋)。

頭にバスタオル巻いたり、Tシャツの下何も履いてなかったり、風呂上がりの格好で庭に出ちゃう人だから。
たまにお隣さんとか、近所のポコ君達が通りすがったりとか、全然スンゴイ状態で会っちゃったりします。
見られるのは別に平気なんだけど・・・長話して、さらけ出した足を蚊に刺されるのが嫌!
(ソーユー問題?)

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2008年8月 7日 (木)

9年振りの母子手帳

2度目の受診。
「見えたよ~!」
先生が嬉しそうに画像を見せてくれました。現在7mm。郁弥の心臓の穴くらいだな?
ドクドクと心臓がハッキリ動いていました。今度は丈夫そうだ。
いやいや、想像でなくてホッとしたよ。こんだけ宣言しちゃったし。あとは無事に育つのを祈るのみだ。

超音波画像も久々だが母子手帳も。
次回は色んな検査があるってんで、その足でスグ市役所に行きました。受診して役所行って、1時間で帰って来たよ。チョ早っ。
前回は二宮町役場だったので、茅ヶ崎での手続きは初めてです。何だか大量の冊子やら受診券を頂き、丁寧に説明されました。
「おぉ、これが無料券か。」
今は少子化対策で何処の地域もこんな風に頑張ってんだろーなー。とつくづく感じた。時代を感じるな~。

夜、パパに画像を見せたら、
「しっかりくっ付いてるね~。」
だって。10ヶ月頑張ってしがみ付いててね♪

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2008年7月22日 (火)

産婦人科

久々の病院カテゴリーだよ。
土曜に自分で調べたら陽性だったので、早速産科へ行ってみました。
郁弥を産んだ平塚の個人産院は、通勤の都合で決めましたが、信頼できるスタッフにしっかりした設備と、好意的に思っていました。
それでも、生後スグの郁弥の状態には気付かなかった。やはり限界ってあるんだなー。
だから今度できたら、絶対郁弥が最期までお世話になった病院で産むって決めてました。高齢だし、慎重だし、リスクに対応できる総合病院だし、近いし、なんといっても馴染みの店???
今どき、地域の総合病院で産科がある環境のありがたさよ・・・。

馴染みといえども産科は初受診。病院嫌いの私が、1人で勇気を出して乗り込んだのは誉めて欲しいくらいなんですけど・・・。
要領が分からないまま、体重や血圧を測り問診表に記入し、「誰か知り合い来ないかな~?」と隣の小児科をチロチロ窺いながら診察待ち。
日々のニュースにも例違わず、パンク状態の産科はとても忙しそうでした。
「○○さん、2番へどうぞ。」「○○さん、6番へ!」
ついに名前を呼ばれた私も、その流れに沿うように診察室へ。奥で待ち構えていたオジサン先生は、ぶっきらぼうで怖そうな、いかにもなカンジでした。
「出産経験は~?」「赤ちゃんの体重は~?」
問診表を見ながら、訊いてるんだかないんだか、メッチャクチャの早口で捲くし立てられ、テンポよく返答するのがやっと。何言ってんだかわかんね~。
「で?」
何しに来た?風な様子で手が止まりました。
前回、切迫流産で会社を休んでいたこともあり、出産はできるが気になる箇所があるような事も言われていたので、もしかして私は女性器が弱いんじゃないかと思っていました。
自分では全然元気なつもりなのに、知らず知らずのうちに何か問題があるとか・・・たしかにストレスが溜まると、左の骨盤奥が痛み出す。卵管か?弱いトコからくるってゆーし。
「妊娠検査と、心配な部分がありまして・・・。」
「弱いって何だ?言ってる意味がよく分かんないな?」
的な言い方をされ、そりゃコッチが知りたいから検査しに来たんだろ~~~とも思いながら、内診と尿検査を済ませました。
内診嫌いな人多いけど、私じぇーんじぇん平気♪
ここまでで、オジサン先生の印象は極悪だったのですが、そこは長年の経験者。医者は第一印象では決まらないことを知っている。色~んな先生見て来たからね~。
尿検査の結果は陽性、内診の結果は特に問題ナシでした。
「問題ない事がわかれば良いんです。実は前の子を亡くしていまして、今回はとても慎重になっているんです。」
ココでお世話になっていた事や、新生児に何かあっても信頼できるスタッフ達がいるから、とツラツラ話すうちに、懐かしの空気に押し潰されそうになるのを我慢していた涙が止まらなくなりました。
「それはそれは、では今度はしっかり診ていきましょう。」
あれだけ横柄だった先生が、スッカリ優しくなっていました。

そのまま涙が止まらずに表へ出て来たから、きっと周りの皆は何事だと思っただろーね。中絶か?流産か?不妊治療の末やっと授かった人か?
廊下でモナイカ先生とすれ違いました。郁弥の最期に心マしてくれた先生(載せないうちにドンドンネタバレるね)。
2人で指さしアイコンタクト。
え?産科?
そう。産科。
「おめでとうございます。」
先生はそー言って通り過ぎました。
その後すぐに小児科外来のスタッフに会いに行きました。いつも体温計を持って歩く元気な窓口のオバサンと、看護師のサクラさんが、ウルウルしながら喜んでくれました。
パパにもメールで報告すると、「よくやったね」の返答。
「でかした」と女が誉められるのは昔からの慣習なのでしょうか?子作りは2人の成果なのにね。パパまでそーゆー返答とは意外だった。
逆にゆーと、でかしてなかった場合の責任も女が負わされるのかと思うと、昔の慣習ってのはコワイね。

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2008年4月24日 (木)

子供の次は老人介護

お休みですが全く休めませーん。明日はバイトさんと仕事変わってあげなきゃなんないし。

金欲、食欲、色欲の揃ったひーばーの介護は大変です。巨体で少々痴呆気味の上に口が達者。痛みに弱く、大騒ぎはする、ルートを抜いて脱走はする。
看護師さんも手に負えず、4人部屋を追い出され個室で金もかかります。完全看護の病院なのに、実娘の義母に付き添いが強いられます。
家で大変だったから、入院中に少しは休めるかと思った義母。気持ちは若くても還暦過ぎの体は、さすがに限界クタクタです。
パパは毎日、近隣の家族も頻繁に、遠方ではありますが親戚も多く顔を出しますが、完全に寝泊りで付き添えるのは義母だけです。
ここで・・・
検査も薬も、モニターやルートの管理も、寝れない夜も、ボンボンベッド生活も、付き添いプロ(金は貰ってないが?)の私にお任せを。
といきたいところですが、始めたばかりのバイトを休むこともできず。息子の嫁に全てを頼むのも気がひけるだろう遠慮しィの、何でも1人で背負い込むパパにそっくりな義母の性格も考慮し。
ティッシュやタオルを差し入れし、ちょこちょこ顔を出して、できる事だけやってます。
もちろん食べ物や雑誌はNG。食止めひーばーが、グルメページを開いちゃうから。

今日は昼間は親戚の叔母さんと、夕方からはパパと病院に行きました。
「俺達がいる間に、家に帰って風呂入って来いよ。」
「家にいたら色々片付け始めて、時間掛かっちゃうよ。」
「いーよ、ゆっくりしてきなよ。」
「じゃぁ、近所の銭湯に行って来て良い?風呂だけ入りたい。」
そー言って義母は、5日振りに風呂と食事を堪能できました。
その間、私達は体位を変換し、こった部分をマッサージ。痰を出し、うがいをさせて、トイレの後はお尻を拭いて着替え。手を繋いで背中を触ってあげると安心して寝息をたてます。
点滴の差し替えの時は、テープを剥がすだけで「イデデデデ!」と騒ぐひーばーに耳打ち。
「暴れてやり直したら、2度痛いんだよ。看護師さんの言うこと聞いてれば大丈夫だよ。スグ入れてくれたら、薬も入って早く良くなるんだから。」
唇を噛み締めて黙って我慢するひーばー。子供と同じなんだなー。
乗せ上手なのか、コワイのか?甥っ子でも何でも、私の言うことはよく聞いてくれます。
でも私が付き添ったら、看護師側は嫌だろーなー。
検査遅れの連絡がなく、薬が終わっても放ったらかし、気泡に閉塞に漏れて血だらけの右腕に、いったいルートはどーなってんだ、と散々指摘。新人さんだったらしく、ベテランさんがしっかり要領を教えてましたケド。
ウンチが出たらナースコール。点滴で腕を通せないので、着替えも手伝ってもらうのは当たり前です。なんと、入院してから1回も着替えてなかったなんて。清拭してたのか?
ばー(義母)なら、全部言いなりだろーからねー。

ところで今回、介護の件で色々と知り合いの方に情報を頂きました。
皆さん、さすがに福祉については詳しい方ばかりでして、大変助かり感謝しております。
持っている人脈を最大限に生かし、有効な情報が得られ、こんな私でも1つ家族の役に立てた事を嬉しく思い、やはり私の宝は「人」なんだと再認識しました。
これからも仲間を大切に、困った時は助け助けられ合いながら、同時に互いの家族も大事にしていけたらと思います。
どうもありがとうございました。ペコリ。

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2008年4月23日 (水)

ひーばーピンチ

ひーばーが腸閉塞になり先週から入院しています。
もうだいぶ歳ですし、糖尿・脳梗塞・心臓病もあります。手術はできません。3mの管を鼻から腸に入れ、汚物を出しながら閉塞部を徐々に広げて開通させるのを待つしかありません。
食べれないので点滴。薬を入れながらも心臓には負担がかかります。肺に水が溜まり、呼吸は苦しく、色んな管からの感染か、CRPも上がり高熱。
先天性や原因不明の突然変異ではなく、何らかの要因を作った病人を冷静に自業自得と思う私を、周りはブラックと言いますが・・・薬も飲まず先生の言うことも聞かず、動かず、美味しいモノを食べてばかりきた、楽しい思いもしてきた人生。
何も悪い事してないのに、生まれつき病気になって死んだ郁弥のような子供達を見てきたので、どーしても比べちゃいます。
たとえパパや親がそーなっても。私だって酒のリスクは自己責任。正しい事しかしてこなかった大人っているんでしょーか?

昨日の夜中には呼び出され、延命措置が必要かどうか家族会議となりました。
郁弥の時に一度も聞かれたことが無かったので(術中死は避ける為にあんなんで戻って来た感もあったが・・・)、素朴な疑問を投げかけました。
「年寄りで回復の見込みが無いから聞くんですか?」
「いえ、万が一、何かあった場合に備えて、どんな方にでも聞く決まりになっているんです。」
へぇ~、そーなんだぁ。って、何で夜中になってから聞くんだ。病歴分かってるんだから、もっと早く言ってくれ。朝からバイトなのに・・・。
と思いながら、何で私までしゃしゃり出てるかとゆーと。じー・ばーだけではオロオロしてしまうので、息子夫婦も同席したってワケであります。パパが私を頼りにしてるっぽかったから。

ひーばーの自己責任とはいえ、もちろん元気になるなら手助けしたいし、体も勝手に動きます。一緒に住んで、フミ君との思い出もいっぱいある、大好きなひーばーです。

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2008年1月10日 (木)

東京へ~~~

じいじの目医者は横浜で、2ヶ月前は私もそっちへ送迎していました。
でも手術は「横浜か東京のどちらかの病院で」と言われ、迷わずココにしたそうです。
何故なら郁弥の病院だったから。私が昔の仲間に会う事を想定してくれたんです。

この度、退院を迎える今日で4回ほど足を運んだ懐かしの大病院。
天下の国立大を隣に構え、古ぼけた旧病棟と近代的な新病棟を併せ持つ、都会と下町の雑踏に囲まれた構内の自然の中にある、ココは郁弥と私達の住んでいた場所。きっと一生で一番忘れられない、濃い人生を過ごした場所です。
1歩足を踏み入れただけで、全てが甦ります。
入院棟までのグリーンの廊下、地下へ続く階段の匂い、病棟のドアが開く音・・・増設工事をしていた場所はスッカリ様変わりしていたけど、直に五感に訴えかける物は変わらない。
一瞬にして当時の思い出が突き刺さります。
大学よりの道路。パッチ先生と散歩途中に、ミラクル先生と会って写真撮ったな~。
上野から歩いて暑かった旧病棟裏の出入り口。ココからバスに乗ってディズニーランドに行ったな~。
病棟の端っこのエレベータ。退院の時に看護師ありさちゃんが追っかけて来てくれたよな~。
通る場所、通る場所、どうしてもあの頃の映像が出てしまう。大変だったのに、何故か楽しい思い出が沢山あった2年間。
「キチーなー。」
我に返ってしまう1人の時は、必死で平常心を整えます。

じいじに貰ったせっかくの機会なので、先日はパパと病棟横の本屋さんへ。場所が場所なので専門書が立ち並び、とても興味深くて長時間居座ってしまう所なのです。
馴染みの食堂にも行きました。レジのオバチャンは顔を覚えていてくれました。また食べに来れると良いな。
それから小児病棟に潜入して、長く入院している兄貴分2人に挨拶。三国志先生と看護師たれぱんださんにも再会しました。
沢山の力をくれて、本当にお世話になった皆さんでした。

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2007年9月 7日 (金)

救急搬送

・・・に見えたんだろう・・・。
駐車場の警備員さんはセレナを誘導し、入口の患者さん達は道を開け、「大丈夫ですか?」と声を掛けられ、エレベータ内はいつもより物々しい雰囲気。
だってママったら、ボンベ積んで酸素バッグをシュポシュポ押しながら進むんだもん。何事か?と思うよね。
ずっと呼吸器に繋がれて自発呼吸をサボってるので、補助が無いとシンドいのだ。でも救急車で来るほどの大事じゃないし。
昨日のレッドへヴィーメタルスライムを先生に見せたかっただけなんだ。

「痰ですね。でもこんな硬かったの?」
「冷蔵庫に入れちゃったんで・・・。」
時間が経ってカッチカチになったのかもね。赤いのはやっぱ、気管内のどっか出血してたんだろう。
念の為レントゲンと採血をしてみた。いつものカンジで少しの誤差くらい大目に診る・・・として、他に悪い所は見当たらず。
特にCRP(炎症反応)は、僕に有り得ないくらいの優秀値で。
いったい何だろう???

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2007年8月29日 (水)

判定は?

今日はママの部活だったが、午後から療育センターだったので残念ながら欠席。
それに、前回慣れない靴で踏み込んだ結果、足の親指が内出血したママ。爪の色は青から徐々に赤黒くなっていった。
「何だか足が痛いと思った。」
と、グリーンのペティギュアをしていて、落とすまで気付かなかった本物のアホで、最近はグリーンでは隠しきれずに濃いローズ色を塗っている・・・また1つネタができちゃった。

ママの左手が腱鞘炎になり、カタリベ先生は僕のリハビリをするかたわら、ママにも講義。
「こーすると、こーなって。」
いつか来るとは思っていたが・・・僕が大きくなるに従って、衰える一方の両親にはアチコチにガタが来る。これは介護してる周りの多くの皆と同じ。
11kgって言ったら、もう1人で歩いてる歳。ましてや首も据わってないので、支える手首に微妙な力が入って痛めるらしい。
「でもこれは、お母さんがそれだけ熟練してるってことなんですよ。同じ角度で同じ位置で同じ筋肉を使い過ぎてるんです。無意識なので、気をつけても止められない動きなんですよ。」
職業病。
ママも僕のリハだけじゃなく、自分の準備・整理体操をして、ストレッチをして、体を鍛えなきゃならんのである。それにダイエットにもなるでしょ。

2階でカタリベリハが終わって、1階の個室ばっかある児童相談所へ行った。
(その間にママは、さっき身障者用駐車場に停まってた業者の車の件でまたまた文句を言って、今度は県の職員を黙らせた。最終的には国か?)
3年ぶりの療育手帳の再判定だ。
療育手帳は、知的障害の程度を示すことで色々な制度や減免を受けられるもので、専門機関で知能や発達の遅れを面接によって判断してもらう。
当然、病状や成長するにつれて程度も変化するので、半年とか1年とか期限を設けて再判定を受けるのだが・・・?
「あんまり変わらないから最長で良いです。」
と、何度も来るのが面倒なママの意見で、さすがに無期限とはいかないが3年ごとになっている。
僕としては、呼び掛けに微笑んだり目をキョロキョロさせて声を聞いたりと、自分の中ではかなり飛躍的な成長を遂げているのだが、それでも手帳の上では最重度レベルのまま変わっていないという判断になる。
微妙な位置付けにいる人の中には、思ったより重度判定をくらってショックな場合があるので、判定員も慎重に対応してる。でも僕はもう自分で分かってるから平気だよ。
ちなみに身障者手帳も、ペースメーカと肢体不自由の最重度になっていて、こっちは何故か期限が書いてない・・・???

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2007年8月 6日 (月)

返納

定期のブラウン外来。
今日は、なんとな~くのんびりした午後の受診で、いつも忙しそうな先生ともジックリ向き合える時間があった。
ので、ダラダラと何年も見直してなかった大量摂取のワイパックスについて検討。
ダラダラ・・・とは言ったが、忘れていて延び延びになったわけではなく。先生もママも、何となく念頭には置いてたけど、体調崩したり、心臓のペーシングを変えたりする方が頻繁で、万全に慎重に変えてかなきゃらならない抗痙攣剤は後回しになっていたのが現実。
それに体重増加にともなって、薬は増やさなかったから、結果として少しずつ絶対量は減っていることになる。

始めた当初、大人の20倍と聞かされてきたワイパックスは、茅ヶ崎に来る頃には半分になり、体重換算すると今では6-7倍程度と考えられる。
(あー、とうとう言っちゃった!)
それでも多過ぎる。レノン先生の研究でも例に無いくらい飛び抜けて。
「致死量だったんですかね?」
「いや、生きてますから。」
相変わらず2人の変な会話???
そして来月、1日20錠を19錠に、上手くいけば次は18錠、17、16・・・とゆー、気の長~い調整が始まる。
急激に減らす事は危険なので、僕の突っ張り程度を診ながらゆっくりゆっくり。それに体重も増えるし、19錠が上手くいくとは限らないしね。

あと今日やるべき事だった、注入ポンプ返納!
十二指腸チューブを抜いたので、持続で流すポンプがリースできなくなったんだ。代わりに、経管栄養の皆がやってる、イルリガートル(ミルクを入れて吊るすパック)でのポタポタ方法。
退院直後にやってたから、もう4年振りくらいになるだろうか?
さて、どーなることやら。

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こんなやつ

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2007年8月 1日 (水)

「郁弥の体を知ろう会」

最近のカタリベリハは、毎月のようにとして担任の先生が養護学校から出張してくれる。
今日もバリトン先生とマック先生が、夏休み返上で同行してくれた。貴重な時間を僕の為に割いてくれて、本当にありがたい。

マック先生はビデオ片手に、バリトン先生は直接手ほどき頂いて、カタリベ講習に参加した。
「パンの生地をのばすみたいに・・・。」
右手で僕のお腹を押さえ、左手で腰全体を浮かしながら、得意のカタリベ語録を連発する先生。背中の筋肉の伸びがジックリ行き渡るように・・・。
「内蔵を守りながら、肉まんを包むみたいに。」
内蔵が餡か。さすがイメージがしやすい。
それにしても、のり巻きのように優しく固めて押すだとか、元はイクラみたいなものだから手足も皮膚も耳も全部感覚器だとか、先生の例えはいつも食べ物が多いような・・・だから食いしん坊ママとは話が合うのか?

股関節から肩、背中、肘、顔と全身マッサージを受け、体がほぐれていった僕は、気持ち良くていつの間にか寝ちゃった。
カタリベ先生は要所要所を細かく、骨や筋肉の構造までしっかり教えてるけど、いつも結論はただ1つ。
自らは、ほとんど動きが無く、動かさないと衰えていく僕の体には、
「とにかくどこでもドンドン触ってあげて下さい。」
これに尽きる!

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これってママもカメラ持ってるわけで・・・
はたから見たら何かの撮影会???

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2007年7月24日 (火)

こーでねーと

そろそろ学校用の車椅子を作らなきゃいけないので、作業療法士Qちゃん先生のいる療育センターへ足を運んだ。
今回はバリトン先生とノブシ先生も付き添ってくれた。
この3ヶ月、先生達とは散々細かい打ち合わせをしてきたので、後はその「まとめ」を業者さんに伝えれば良いだけだ。
どんな車椅子にするか?

一番のポイントはリクライニング機能。
学園の時からそーだが、座った状態のお尻の圧で下痢気味ウンチをよぉ~く漏らしてた僕は、学校に入ってもう30回はお色直ししてる。
水泳パンツやオムツの2重履き、オムツを腰に当てたりなど色々工夫してみるんだけど・・・本当に着替えが多くて先生に申し訳ない。
少しだけ状態を起こした家でのベッドだと上手くいくので、同じようにフラットになるタイプを希望している。
「出た!」時は直ぐに横に倒せるようにするのだ。出先でオムツ交換台が無い時にも便利だしね。
他には定番の吸引器置きや、オーダーメイドの体幹パットなどの話を進める。
「これはコチラに書いてあるのを見れば分かるんですけど・・・」
「車のスペックは分かるけど、車椅子はサッパリ分からん。」
専門用語の並んだ細かい項目に、全然やる気のないママ。
車も保険も何でもそーだが、そのジャンルに詳しい人ならまだしも、一般のお客様としては要望を言って営業マンがそれに合った商品を出してくれるのが楽だ。
だからケースワーカーとかウエディングコーディネーターとか、弁護士・・・のように、学校内でみっちり意思を伝えてきた先生が、代わりに話を詰めてくれるのは助かる。
療育センターでのほんの数時間では、ママの言いたいこと全ては伝わらないだろうからね。

今日、唯一ママがしたことは?
「うーん、ホイルカバーはどれが良いかな?オレンジ(えふくらぶカラー)に合った・・・うーん、パイプの色は?うーん、またジャイアンツカラーになっちゃうなぁ~。」
色の決定権は奥様。これもカーディーラーでよく見るパターンだ。

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2007年7月23日 (月)

解放!

ゆっくりと治りかけてるようには感じるんだけどなぁ~。
僕の中で何が起きてるのか、何か重大な病でも持ってんじゃないだろうか?経過を一度ブラウン先生に診てもらおうと病院へ行った。
いくら在宅療養してても、両親の解釈だけではなく、やっぱり先生の太鼓判が欲しいからね。

予約無しの一般外来だから待ち時間が長いだろう。小児科のベンチは大混雑だったので、隣の産婦人科との境にある一角に落ち着いた。
ココは賑やかな小児科とズラっと並んだ妊婦さんから少し離れた陸の孤島で、慌しさから逃れられるお気に入りスペース。
ただ両方の人間模様が垣間見えるので、不妊の人には試練の場かな?僕らにとっても羨ましく思えるが、そこんとこママは割り切って人間ウォッチングしてる。
僕の手足を揉みながら。暇なのだ。
すんごい騒がしい家族が来た。
バタバタバタ・・・と駆け回る兄弟、ゴツンと頭をぶつけた弟、大声で姉を叱る母親。
「ほら!アンタがちゃんと見てないからでしょ!」
看護師さんが心配そうに様子を見に来る。あーあ、皮肉にも病院で新たな患者発生だな、こりゃ。
ママ友らしき女性が、自分の子と一緒にその兄弟児の面倒を見てくれている。微笑ましい援助体制。何だか学園や養護に似てるな・・・。
看護師さんとも顔見知りのようで、子沢山で有名な家族なのかも知れない。
どーせ顔になるなら、僕みたいに1人が通院する回数が多くて覚えられるより、大人数で数を稼ぎたいモンだ。
子沢山の母親は、髪はボサボサお洒落も忘れ女を捨てたように見えるが?
「いーじゃん。子育てと主婦に全身全霊を尽くし、自分のことは後回し。子沢山バンザイ。理想の形だ。」
ママは尊敬の眼差し~♪
(↑未だに色気づいちゃって、どーしょもないオバハンだからね。)

ところで僕ちんの診察についてアルヨ。
茅ヶ崎にて初ファイバー!
ずっと気管はどーなってんだか知りたかったから良い機会だった。
意外だと思うだろうけど、耳鼻科も初。先日の出血や吸引、カニューレの位置などの炎症は無いだろうかと診てもらった。
いつも吸引してるのと同じように、カメラの管がカニューレの中へ簡単にスルスルと入ってく。画像はかなり鮮明で、ママでも中の状態が分かりやすい。医学の進歩って凄いね。
そしてまたまた意外だが、何の問題もなく気管の綺麗なことといったら。7年も管が入ったり吸引し続けてるのに・・・ママもかなりビックリしてた。
「じゃあ、あの血痰はどこからだったんだろう?」
もっと奥ってことになるよね?肺?そっちを考える方がコワイ。
「胸の音はもともとそんなに良くないから、ま、こんなモンですよ。」
ブラウン先生は適当に言ってるんじゃない。
前回の採血の結果同様、完全に良くなることの無い症状に関しては、見逃せる範囲かどうかボーダーラインをちゃんと見極めてるんだ。だから安心できるのだ。

お土産に、オムツかぶれに効果絶大とオススメの亜鉛入り軟膏と、下痢止めに整腸剤を出してもらって診察終了。
そして最後に、ずっと伸び伸びになってたED抜去!
1年近く入ってただろうか?管にはカッテージチーズのようなカスがこびり付いてた。あー抜けて良かった!
1歳の時からずっと管2つで邪魔だったから、とてもスッキリいー気持ち。
このまま再挿入しないで上手くいきますように・・・。

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小児科の待合室~
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久々の素の顔~

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2007年7月17日 (火)

突然の退院

ピジョンママに誘われて、養護学校の医療ケア等サークルを立ち上げた。
サークル名は「はじめの一歩」。
その名の通り、本当に、たった今から始まった活動で、今後どのように、どんな事をしようか、どんな風に活性化させていこうか、期待と夢の膨らんだパーティ。
その記念すべき第一回定例会が今日だった。
一応雇われ代表なので休むわけにはいかず、絶対出席するつもりだったママは、僕を病院に残して学校へ行った。
合わせて学校主催の医療ケア懇談会もあり、有意義な意見交換の場だったようだ。
・・・この辺の話は後日ゆっくりすることにして。

僕は夜中じゅうハァハァワーワーブクブク落ち着かず、看護師さんに「一睡もしてないね」と言われた。
何で?
多分カニ男が嫌だったのと、体がこってきたのと、薬の効きが悪くて突っ張ってるのと、呼吸が速くて暑いのに足先は冷たいのと、色々・・・グッタリ期を過ぎて少し自己主張が出てきた証でもある。
いくらママでも100%僕の心の中は読めないので、あらゆる可能性を考えて1つ1つ解決していくしかない。
それから点滴。
スゴクいー血管だったけど1週間以上入ってるし、そろそろヤバイと思ってたんだ。点滴が漏れて手が腫れちゃって、「イデー!イデー!」と一生懸命伝えていた。
「これもうダメじゃね?」
「本当ですね。取っちゃいましょか。」
運良く機動力のある看護師さんが傍にいて、速攻で抜いてくれた。
次の抗生剤は30分後と迫っていたが、点滴を入れ直すのか内服にするのか、先生に相談するのは後回し。先ずは僕の不快を取り除くことを優先にしてくれた、素晴らしい判断力の看護師さんだった。

少しして、ロビーにユヅちゃんがお見舞いに来てくれた。
子供は病室に入れないので、ママが僕の代わりに会いに行ってたけど・・・入院の噂を聞きつけ、外来のついででもないのに、ユヅちゃんだって体弱いのに、院内で何か変な菌もらっちゃうかもしんないのに、僕の為にわざわざ足を運んでくれたんだ。
ウチのママの為にも、「夜ご飯にどうぞ」って。ママが身動きできなくて不便だろうからって、差し入れまでしてくれた。
本当に優しい仲間。ユヅちゃん、ユヅハハさん、どうもありがとう。
そして他にも、「何か欲しい物ある?」って気遣ってくれたコスモママ、心配で連絡くれたネネママやppママや学校の先生、沢山の友達、助けになってくれたじいじ、ばあば、ありがとう。

そんな中、採血の結果が出て二階堂先生に呼ばれた。
「CRP0.9ですけど、下がってきてるのでもう大丈夫でしょう。」
「点滴と酸素が要らなければ、もう家でできるので・・・退院ですか?」
「どうします?明日くらいにしますか?」
「え?今日でも良いんですか?」
えっ?早ぇっ!
「今スグでも?看護師さん、手配面倒じゃない?」
主任さんをはじめ、ナース室の全員がママの方を向いた。看護師長もニコニコ。
「別に大丈夫よ。いーんですよね?先生?」
ここでもまた、ママに判断を委ねられる。
ママとしては、昨晩の落ち着かない様子を知って、もう一緒に寝た方が良いんじゃないかとゆー思い。部屋が混雑して賑やかになってきて、僕が音にビックリするんじゃないかとゆー思い。ベッドがいっぱいになって、僕らは出てった方が看護師さんも楽だろうとゆー思い。
家族がバラバラで、早く家に帰りたいとゆー想い・・・。
「じゃあ、準夜の前に帰ります!」
タイムリミットはあと1時間半!次の担当看護師さんの手を煩わせないように、急いで荷物の整理を始める。
実は養護学校で、一足先に夏休みに入るので、座位保持装置や何やらの荷物を車に詰め込んでしまったママ。セレナを一度家にピストン輸送して走らせ、再度呼吸器などを積み込んだ。
ちょうど仕事が終わったパパもやって来て、僕はさっさとバギーに乗せられた。
さっき点滴が外れたと思ったら、モニターも呼吸器もあれよあれよとゆー間にスッキリ無くなっちゃった。まだ病室にいると思ってたんで不意打ち。半ば強引にさらわれた感・・・。
「今回の病状は特に酷くって、本当にお世話になりました!」
看護師一同に見送られて、晴れやかな気持ちで再スタート。ってっても家で入院状態だけどね。
二階堂先生、今回はずっと担当してもらって苦労をかけちゃったけど、本当にありがとうございました。

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2007年7月15日 (日)

嬉しくて~嬉しくて~♪

言葉にできない~
ラ~ラ~ラ~♪
いつかのCMであった、パパが息子をギュッと抱きしめる図。
僕はギュッとされる度に、あのCMソングを思い出す。

呼吸器の圧で、口や鼻から空気が漏れる時にヨダレと鼻水がスッゴイ。
口から泡泡のヨダレが噴き出す。これを出っ歯家用語で「蟹男(カニオ)」と言う。
これじゃぁかえって苦しそうだと、パパは呼吸器を外して僕を抱っこする。
酸素も流さずに自発呼吸で、酸素飽和度は今のところ何とか90前半。あんまりシンドくならない程度まで、少しの間パパの胸の中で過ごす。
寝たきりって良くないんだ。体も固まっちゃうし、循環も悪くなる。安静にしなきゃいけない期間が過ぎれば、なるだけ起こしたり動かしたり色んな体制をとるようにしている。
「落ち着いちゃったね。嬉しそう。」
「ほら、お前も背中マッサージしてやれ。」
本当はずっとこーしてたいが、さすがにまだ圧をかけないで長時間はいられないと両親も考えてるので、僕の体がほぐれた所でベッドに戻される。
パパ達が帰ったら、今夜もカニ男だ。

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2007年7月14日 (土)

12,9kgって

ありえね~~~。
この前やっと11kg過ぎて喜んでたのに、もうすぐ13kgは無い無い!
これって全部むくみなんだなー。こえーこえー。

お風呂は清拭でもちろん、もう1週間も髪の毛洗ってない。
臭いってほどでも・・・ママにとったら「フミ君の匂い。いい匂い。」と、僕の頭に顔を近づけて満足しているが?
でも大好きなお風呂。早く入りたいな♪

今日から新しく入院する子がいるので、僕は個室を譲って大部屋に移った。
もう最初の時より吸引の頻度も落ち着いたし、吐き気も無くなったし、これならママも安心して・・・
「じゃあ今日から帰~ろ~う~っと!」
僕を置いてとっとと、パパも一緒に、いつもの不良に戻ってしまった。

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2007年7月13日 (金)

指令

今日も・・・血痰は落ち着いてきたが更なる試練。
抗生剤の副作用による下痢。お腹がゆるくてゆるくて、オシッコと同じくらい下痢してる。しかも何も食べてないので、その色の奇妙なことといったら・・・。

学校を長く休んでるので、バリトン先生がお見舞いに来てくれた。
毎日のように傍にいたから、先生も僕が居なくて調子狂うんかな?何だか寂しそう。
寝ている僕の手をジッと握っていてくれた。
でももう今学期は学校に行けないかもしれません。一足先に長い夏休みになりそうだけど、2学期からまた宜しくお願いします。

水分はずっと点滴だけだったが、昨日からやっと注入開始になり、今日はソリタの持続、明日はエレンタール(栄養ミルク)も始まる。
この辺の注入や酸素の量など、採血と点滴以外はほとんどママが仕切ってるみたいになってる。
今回は当直の時から診てもらっている二階堂先生が担当なので、僕のことはブラウン先生ほど知らないからだ。
「先生、注入速度100ml/hは速くないですか?」
「今までのカルテを見たんですけど・・・。」
特に100にする意図が感じられなかったママは、
「じゃ、50で倍の時間で流しても良いですか?」
勝手に方針を変えられないと言ってたけど、これはママの言いなり・・・ってゆーんじゃ?
「提案だよ。提案。」
ブラウン先生も時々様子を見に来てくれるけど、他人の患者状態なので勝手に仕切るわけにはいかず。二階堂先生とはち合わせ、互いに遠慮している。
「どうします?」
「こうしましょっか?」
なので、結局ママの意見が反映される。
「こーして下さい。」
カルテには『お母さんの指示通り』とマジで書いてあるらしく、ママはパパやサザエさんから「ボス」と呼ばれる・・・。

慎重派の二階堂先生と楽天家のブラウン先生、2人は対照的で面白い。ウチのパパとママみたいだ。
入院当初、採血をしたら ck という筋肉疾患を疑う値が異常に高かった。
「心臓も筋肉だし、色んな可能性が考えられますね。」
検査結果からするに当たり前の診断だが・・・。
「二階堂先生は一応細かい検査までしてくれただけだよ。ckなんて言われた事ないけど、ブラウン先生は承知の上でしょ。郁弥は異常な値だらけなんだから。」
心配するパパに向かって、あっけらか~んのママ。それだけブラウン先生を信頼してるってのもあるが。
そして今夜、心配性のパパが、あの日の事をブラウン先生に相談してみた。
「フミ君は突っ張って筋肉が緊張するでしょ。中学生が部活で運動した時も、そんな値になりますよ。」
だって。やっぱりブラウン先生は承知済み。
「なんだ~、そんなモンか~。凄い脅されちゃった。」
あまりの気軽な例えにパパは拍子抜け。ママは、
「だから言ったでしょぉ?」

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2007年7月12日 (木)

get down

昨晩はオシッコがあまりにも出なかったので、当直の先生の指示で看護師さんに膀胱を押してもらった。
すると「ジャーッ」。
やっぱり機能が低下してたんだな。膀胱には溜まってたんだからね。
1度栓を抜いてもらったので、それからは何とか自力で出せるようになり、昨日の問題はクリア。
そんで今度は・・・血痰・・・。
次から次へとたたみかけるように問題が起こってくる。
あんなにサラサラで出過ぎていた痰が、硬くて出しにくく、肺の奥の方で詰まってるカンジ。カラっ咳気味で吸引しても中々取れず、気管支炎の炎症と咳の出し過ぎと吸引の刺激によって、どこからか出血してるみたいだ。
吸引カテーテルには血が滲んだような赤いモノが引けてきて、痛々しい光景。

夕方、ママは病院を出て近くの葬儀場へ向かった。
本当はそこへ行く予定じゃなかった。本当は僕が今いる病室の階下の病棟へ、
「実は今、郁弥も入院してるんだよ~。」
と御挨拶に行く予定だった。
ちょうど先週の火曜日に、外来の後に病室へ寄ったばかりだった。その前の御見舞いの時は、成人式のビデオを見せてもらった。
将也君、こんな形でお別れするなんて。
5年前、同じ病室で知り合った彼は病院の大先輩で、養護の大先輩でもあった。ママ同士はHPを通じて仲良くなり、いつも笑顔の家族は「フミ君、フミ君」と慕ってくれた。
将也君一家を知ってる養護の先生からは、「必ずフミ君の話が出るんですよ。」と言われるくらい気に掛けてくれていたんだ。
なのに、最期のお別れに行けなかった。今まで、友達の通夜や告別式には絶対に出席してきたのに。
ゴメンね、将也君。こんな大事な日に逢いに行けないなんて。
ママが僕のメッセージを彼に届けてくれた。
元気になって外出できるようになったら、きちんと先輩に挨拶に行くからね!

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まだ辛い・・・

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2007年7月11日 (水)

次の問題

心配されていた熱だが、採血の結果、効果が低いとの見解で薬が倍量に増えた。
その後さらに種類も変更になった為、どちらかが功をそうしたのか下がってきた。
やっとだよ~。
いつもなら点滴から入れれば直ぐに効くのに、今回は違った。よっぽどクセのある感染だったんだね。

でも今度はオシッコが全く出ない。
朝方チョロっと出ただけで、日中はゼロ。夕方になっても全くしたくならない。
よほど体がカラカラだったんだろか、点滴した分をみんな細胞が吸い取っちゃってるんかな?
それと辛かった体がやっと休めて、死んだように眠り機能低下してるんかな。
麻酔が入ってもないのに昼も夜もずっと目を覚まさないので、植物状態に戻っちゃったのかとゆー思いがママの脳によぎる。
常に胸の奥に留めている覚悟を、改めて思い起こす。
「せっかく笑顔が出るようになったのに。もう笑えなくなるかもしれない。もう何も食べられなくなるかもしれない。もう一緒にお出かけできなくなるかもしれない。」
機能低下しても爪は伸びる。
ママは僕の爪を切り、顔を拭き、足先のマッサージをする。寝たきりの僕にできるせめてもの事と言ったらこれくらい・・・今までベッドサイドで何度もやってきた事だ。
「フミくーん」と耳元で呼ばれる。
僕は無反応だけどね。

ところで、オムツの減らない僕の代わりに、月イチのモノが来て用意の無かったママは、グーンはじめての肌着BIG使用。
35歳にしてオムツ使用。
「こんなデカイのは産後1日目以来だ。」(すげ~カミングアウト)
「ママ、歩き方が変。」と、廊下でサザエさんに会う度に笑われている。
ほんと、ネタの尽きないオバサンだ。

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顔がますますむくんじゃった

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2007年7月10日 (火)

高熱警報!

昨日はあまりにも吐き気が強くて、圧をかけると呼吸とバッティングして咳が出るので呼吸器は使えず。何も飲んでないのに、体の奥から体液全部を逆流させて吐くからね。
そこで登場したのが、普通の酸素マスクじゃなくて、気管切開カニューレの人口鼻に装着できるアイテム。
「何コレ?カッコイー。こんなのあるんだ。」ネネちゃんに教えてあげたい。

ただ咳は少なくて済むが、痰がスグに溜まるし吸引も頻回なのでママに付き添ってもらった。
昨夜は1時間に2回、一晩中ママを起こしては吸引させた。どのみち家に居たって付っきりで看病してもらうんだし。
「ボンボンベッド暮しは慣れてるから何てこたぁない。」
てっきりココの病院は付き添いができないモンだと思っていたが、どうやら親が泊まってる話も人から聞いてるので、ママは自ら進んで付き添いを希望した。
僕と離れていては家に帰っても心配で、毎晩飲んだくれ、やけスロ(ット)して破産するよか良いね。

長時間の自発呼吸はシンドく、さすがに圧をかけて肺を膨らました方が良いと考えたママは、朝一で会ったサザエさんに頼んで、酸素付きの呼吸器に変えてもらった。
家と違ってママが勝手に方針を変えられないし、当直の先生を呼び出すほどでもないので、こんな時は機動力の優れた看護師さんに相談するのが一番早い。
目が覚めると咳が出るけど、ほとんどグッタリ寝たきり状態で、薬以外は胃に何も入れずに吐き気も落ち着いてきた。
今の問題は熱熱熱・・・もう3日も39度台から下がらない。
こんなことは初めてだ。いったいどーしちゃったんだろう?

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最新アイテム

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ボンボンベッド暮しの実態

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2007年7月 9日 (月)

ご注文は「点滴」

薬せいか、氷枕のせいか、一時的か?
午前中は少し熱が下がってグッスリ眠れたので、起きて病院に行くのもキツイなぁ~ってカンジだった。
回復傾向に見えて、このまま休養した方が良いかもって思われたんだ。
でも午後になって目が覚めると、吐いて吐いてどーしょもなくなった。
1時間40mlで入れてるソリタも間に合わないくらい吐く方が多い。食事だったら分かるけど、水分しか入れてないのに吐くなんてこと無いんだけど。
せっかく入れた薬を吐いてては意味ないし、体の中の電解質が狂うのはモチロン、これでは脱水症状が心配だ。
「もう点滴しか無い!」
咳と嘔吐が酷い為、ママ1人に連れて行ってもらうのは危険。パパが早く帰って来てくれて病院に運んでもらった(また救急車に乗んなかったね・・・)。
点滴をするとゆーことは、今日中に帰る可能性は少ないな。ママはしっかり入院準備もしちゃってるし。

当直の先生が僕の手に針を刺し、血管を探している。
「入りました?」
目の前で話しかけているパパ。ウッサイな~、気が散るだろ。
「あれで気を遣ってるつもりか?」
「お前の方がプレッシャーだろ?」
少し離れて席を外したつもりだが、遠くから無言でジッと全体像を眺めるママ。どっちもどっち。
先生は2人の嫌がらせに打ち勝ち、上等の血管に入れてくれたので、採血用の血もドバーといっぱい出た。僕の血管も成長したモンだね~。

小児病棟から迎えに来てくれたサザエさん達。
相変わらずの天真爛漫さで、場の雰囲気が一気に明るくなる。
「フミ君、大きくなったね~!」
「いや~、こんな形で会うとは。夏休みに入ったら、皆でランチでも集まろうかと思ってたのに。」
これから入院しようとする人の会話とは思えない・・・。

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2007年6月 6日 (水)

カタリベゼミ

リハビリの様子を見たいと、バリトン先生が療育センターまで付き添ってくれた。
先生はいつもリハしながらママとの雑談に花を咲かせるのだが、今回は真面目に体の動かし方について話す。
肩の脱臼、股関節の亜脱臼、骨盤の位置や腕足の曲げ伸ばし、横向きなど、みっちり講義をするカタリベ先生。アチコチで講義しているので、さすがに教え方が上手。
「ここの○○骨を~~~」「○○筋が~~~」
先生達は専門用語を並べて色々話しているが、僕らにとっては何のこっちゃぁ~~~?
ただ、これ全部ママの頭の中に入っているのでスゴイ。ママも昔はメモを取ったりしたものだが、結局理屈よりも体で覚えた方が早いのでやめてしまった。
「ビデオ持ってくれば良かったですね。」
こんなに素晴らしい講義を、学校の他の先生にも見て欲しいよね。次回は忘れずに持ってこなきゃ!

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2人で何してんだ?

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2007年6月 4日 (月)

9時―5時

月曜日は図工の日。
風船遊び最後の今日は、大胆にビニールを繋げたでっかいトンネルのような物に入った。マック先生、名付けてビニールモンスター。
「みんな怖がらないで、お友達になろうよ~。」
「じゃあそろそろ僕は帰るね~。バイバーイ。」
毎回色んなアイテムを作り出し、その全てに命を吹き込んでキャラクターになりきるマック先生はとても面白い。

午後は通常の2時に学校が終わり、2時半にはブラウン外来と忙しい。
初春、ブラウン先生の中ではデパケン(けいれんの薬)減らしブームがあり、僕もそのブームに乗っかりプチマル(とゆー薬)を4割減らした事があった。
デパケンの友達は結構けいれんが増えて大変だったみたいだけど、僕は何の影響もなかった。それだけ他の薬を大量に飲んでるってコトかな?ま、せっかくの先生の提案に1人も叶わないのは可哀想だし、少しは協力できて良かった。
そんなんで特に検査も無く、診察はスグ終わったんだけど・・・薬が出来上がるまでの時間が余って余って困った困った。。
いつもなら買い物に一度抜けたりとか、心臓外来がある時は遅くまで診察が掛かるから待ち時間を有効利用できるのだが。
あんまり暇なので、バギーのまんま駐車場の周りをグルッと散歩する・・・あれ?何だか雲行きが怪しい。ポツポツ降ってきた。
仕方ないので結局車中で待機。暇ぁぁぁ~~~。

左から3番目の身障者用駐に停めて、セレナの運転席から乗り出すと、建物の一番左の窓から薬局の電光掲示板が見える!!!とゆー新技を発見したママ・・・まー昔から色々とくだらない技をあみ出す人ンね~~~。
「これならイチイチ降りて見に行かなくって済む。」
5分おきにジロジロ中を覗いて、薬の整理番号を確認する。目の前の喫煙所に座ってる人達に怪しまれてるカンジ・・・。
やっと薬を貰って、帰宅したのは4時半だった。何だかちょっとしたOLさん並みに働いてる小学1年生。

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ビニールモンスター

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2007年5月 9日 (水)

首長ホッホォ~!

1ヶ月ぶりのカタリベリハ。先生は僕が楽しく学校に通っているのを知って、たいそう嬉しそうだった。
ところで、カタリベ先生はやっぱスゴイ人らしい。
養護学校の先生の話によると、「あの方は理学療法士の間では雲の上の存在ですよ」だって。川の話が好きなただのオジサンにしか見えないんだけど?

川のオジサン・・・もとい、カタリベ先生は、僕の頭を引っ張ったり捻ったりして動かす。
「郁弥君は特にこってるんだよね。」
カニューレが動くとむせるので、普段はあんまり首をグルグル回したり顎をひくことができない。だからママに抱っこしてもらう時とかに、筋肉を伸ばすようにマッサージしてもらってるんだけど。
「こーやってゆ~っくり、首を伸ばして~。」
先生に念入りにしてもらって気持ちイイ~~~♪

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2007年5月 7日 (月)

初欠席

先月は皆勤狙ったけど、今月は・・・しかも7歳になって初っ端からくじける。ま、無理しない程度に通うべきだ。
「遠足までの3日間、お休みします。」
メインを食べる為に前菜は残す手段を取った。本当は通いたかったケド・・・外来もあったしね。

このところ毎月、ブラウン外来の時間はやる事が沢山ある。
何故かっつーと、災害用で養護学校に保管しておく医療器具や薬の処方、ママの付き添い無しで看護師さんに吸引してもらう為の書類、校内検診後の相談などなど。
生徒だけでなく医師にも書類だらけで面倒だが、規則なので仕方ない。
「マニュアルを作らないといけないですからね~。」
養護学校は、ここの診察室での会話のように、「感覚で~」とゆーワケにはいかない。
↑例えば、エレンタールの量「1と1/4袋」の「1/4」は目分量だったりする。

学校の用事以外に、たまたま他にも気になってることがあった。ママが風呂で僕を見て気付いたそうで。
「左わき腹なんですけど、ココの硬いのは何でしょうか?骨ですかねぇ?」
「何処ですか?ココですか?」
「うーん、あった、コレコレ。そうです。そうです。」
2人で触り合いしてやがる。くすぐったいじゃんか。
「針金?異物ですねー。手術した場所ですよね。」
「あ、そこはペースメーカーが入ってました!」
「じゃあ、リードの先のペースメーカのコネクタ部分ですね。」
「取り除くのは(腹)切らないとですよねぇ。」
「これは難しいんじゃないでしょうか。やらない方が。」
「そっか、心臓から剥がしちゃマズイから、リードごと体内に残ってるんだった!」
「出血多量で一大事ですね。」
こんなんだよ、診察室の会話。
異物の内容をスグに分かった先生も凄いが、体内残留をすっかり忘れてたママもスゴイ。
(参:2006年4月28日 あんだけ力説してんのに・・・)

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